好きになれなかったシティーホテル ~新聞は記事にならない話が面白い~

ライター事務所「つむぎや」のアキラ(@510tsumugiya)です。

この「新聞は記事にならない話が面白い」コラムシリーズでは、僕が新聞記者時代に見聞きしながら、新聞には載せられなかったエピソードを紹介しています。

今回は、僕が都会でホテル業界を担当していたときの話。

ホテルにもグレードがありますが、この話の舞台はシティーホテル。つまり高級ホテルのことです。

僕は、そんなシティーホテルが好きではありませんでした。

「シングルルームがあるホテルなど、シティーホテルではない」

「ところで今更なんですが、シティーホテルとビジネスホテルの違いって、何でしょう?」

あるシティーホテルの上層階にあるレストラン。座り心地のいい椅子に座りながら、向かいに座っていた総支配人に尋ねた。

総支配人は体に合った黒のスーツをきれいに着こなし、髪はぴしっと七三。

絶えず微笑みを浮かべているけれど、いやらしさは感じられない。

「そうですね。いろいろ定義はあるんでしょうが、ハード面でいえば、私はシングルルームがあるホテルは、シティーホテルとは呼べないと思いますね」

これは、シングルがあるライバルを意識した発言だとすぐに分かった。

稼動率を高めるためにシングルを設けているホテルなど、シティーホテルではない。

シティーホテルは、顧客にこびるような空間ではない。

そう言っているように聞こえた。

出されたコーヒーを一口飲んだ。このコーヒーも、確か1000円以上はしたはず。

ホテル業界を担当するようになって半年ほど。

僕は、どうしてもこの業界が好きになれずにいた。

「非日常」を提供するシティーホテル

その総支配人は、とてもいい人だった。

記者になって間もない僕に、ホテル業界の現状や課題を、いつも丁寧に教えてくれた。

記事がうまく書けないとき、何度もアドバイスをもらった。何も知らない僕を、軽んじるようなことなどなかった。

なのに、僕も若かったのだろう、頭が上がらないはずの人に、つい言わなくてもいいことを言った。

「総支配人、シティーホテルって、お客さんに非日常を提供する場所ですよね」

「そうですね」

「僕、富山県の片田舎で18歳まで暮らしました。家も裕福じゃなくて、シティーホテルなんか泊ったこともありません。ひがんでいるのかもしれませんが、どうしてもこの『非日常』が好きになれないんです。一部の金持ちだけが利用する虚構の空間というか、庶民感覚からかけ離れたつくりものの空虚な空間のような気がして居心地が悪いんです。見栄っ張りな金持ちを王様みたいに扱って、気持ちよくさせて、大金を払わせているんじゃないですか?」

シティーホテルで年に一泊だけする町工場の社長

20年近くたった今でも、思い出すたび嫌な汗が出る。よくあんなことを言えたものだと思う。

当時も、さすがに言ってからしまったと思った。機嫌を損ねたかと思ったが、総支配人はいつもの笑みで穏やかに話し始めた。

「竹内さん」

「はい」

「確かにうちのホテルは、裕福なお客様が多いです。ですが、そうじゃない方もたくさんいらっしゃるんですよ」

「……」

「例えば毎年、年末に一泊だけ家族で宿泊されるお客様がいらっしゃいます。地元にある町工場の社長様の御一家です。社長と言っても決して裕福ではなくて、細々と経営を続けていらっしゃるようです。その社長様にとって、このホテルに宿泊するのは、とてもぜいたくで痛い出費だそうです。ですが、一年間一生懸命働いたご褒美として、年に一度だけ宿泊されます。普段は作業着ですが、その日だけは、きれいな格好をしてくるそうです。特に出かけるわけでもなく、ホテル内でゆったりと時間を過ごされます。そのようなお客様もいらっしゃるからこそ、最高のサービスで『非日常』を提供しなければ、と思うんです」

この日以来、僕はシティホテルが好きになった。


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